病院長挨拶

  • 2019_

思いがけない災難や不運
〜熊本総合病院だより 『ぱとす』 2016年 夏号 病院長挨拶より〜

 

 「独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO) 熊本総合病院」の全職員はJCHOというブランドの下、さらに質の高い医療の実践をしながら、JCHOの使命である「地域医療のみならず地域包括ケアの推進」に向かって大いに公に貢献するように努力しておりますが、すべては、医師会、熊本大学教授陣、国・県・市行政ならびに市民の皆さま方のご支援の賜と深く感謝申し上げております。

 


 「災害は忘れた頃にやってくる」が、予測することは不可能です。あの忌まわしい東日本大震災後、とみに南海トラフ大地震発生とその津波の恐怖についてはマスコミ等に取り上げられていたものの、今回の「平成28年熊本地震」のような大地震、それも震度7が2回も熊本で起こるとは誰もが予想だにしませんでした。

 

 前震の後、私はあまり役には立たないものの病院の統括として采配していましたが、24時間後には病院も落ち着いてきたことから私は熊本の自宅の状況を見に行きまして、その内部の惨状に呆れ果ててどうしたものかとソファに座っていた時、ななな何んと4月15日(土)午前1時25分にM7.3の史上初という本震に襲われました。その状態を一言で表せば「カクテルシェーカーに入れられてバーテンダーさんにシェイクされているよう」で、立つことすらできず、あまつさえ机の下にもぐるなんて到底できません。そして、正に、命からがら屋外へ逃れましたものの、前震で半分・本震で残りの80%、結局90%の何十年もかかって収集したワレモノを失い、これくらいでも放心状態となってしまいました。従いまして、犠牲となられたご家族の心情は如何ばかりかと拝察申し上げます。

 

 ところが、その後のテレビのニュースを見ていましたら、震源の益城町では殆どの家屋の崩壊のなか、90歳のおじいさんがインタビューに応じて、「儂は、大東亜戦争でひどい目におうたが、それから裸一貫コツコツと一生懸命に働いて、このような立派な家を建てた」。そして、本当に豪邸ですね、もったいなかですね、というインタビュアーに、「なんてこたなか。まーだ(もっと)良かもんば、また建てますばい」。茶目っ気溢れるおじいさんに、思わず「良か年ば、取ってなさる」と涙目で大笑いいたしました。

 

 残念ながら、とんでもない震災であればそれを人間の力で防ぐことは到底できません。曽野綾子氏は、東日本大震災から5年経って、「人間は誰もが一生に1度や2度は思いがけない災害や不運に見舞われる。従って、むしろ人間には心の傷は忘れて将来に向かって再出発する義務もある」と述べています。全くもって、至言と思います。あの5年前の東日本大震災のときピーター先生と話した時と同じように、私どもは、復旧ではなく「Brave New Kumamoto World」に向かって、子孫のために計画的な「まちづくり」を、鋭意、行う義務があります。

 

 そして、できることならあの茶目っ気と笑いを持って。

 

 今年度も引き続き、わたくし共の熊本総合病院は全職員が一丸となって、「医療と共に、公に一肌脱ぎ」ながらJCHOの一員として地方創生に貢献できるように、さらに精進して参ります。本年度も、皆さま方のさらなるご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。

 


平成28年7月



 

2016.10

「平成28年度JCHO尾身理事長賞」を頂く

〜熊本総合病院だより 『ぱとす』 2016年 秋号 病院長挨拶より〜


 

2016.7

思いがけない災難や不運

〜熊本総合病院だより 『ぱとす』 2016年 夏号 病院長挨拶より〜


 

2016.4

絶滅危惧種

〜熊本総合病院だより 『ぱとす』 2016年 新年度号 病院長挨拶より〜


 

2016.1

大恩は報ぜず

〜熊本総合病院だより 『ぱとす』 2016年 新年号 病院長挨拶より〜